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手記:歯周病要注意、
口の手入れを大切に、
要介護5からの生還

 

小生 Sと申します。N支部に40年在籍、大病を患い昨年3月税理士業務を廃止しました。病気入院中は税理士国保の高額医療費制度に助けられ、非常に心強く、闘病に又リハビリに専念出来、感謝致しております。

現役時代、税理士国保の役員を18年間させて頂きましたので、今の役員さんとは旧知の間柄です。この度、私が一生介護施設暮らしかと焦った要介護5の状態から奇跡的に回復したこと、又その病気が歯周病に起因していたことで手記の依頼があり、参考になればとお引き受けしました。

H25年9月の初旬、朝起きようとしたところ首から下に力が入らず起き上がれません。救急車で近くの病院に運ばれ診断を受けました。その病院では対応出来ないということで対応出来る病院を探してもらい、2日後ある神戸の病院に再度救急車で転送されました。

早速MRIで全身の検査です。その結果3ヵ所の疾患箇所が判明しました。不覚というか全く私の不注意です。口の手入れをおろそかにしておりました。口腔内の細菌が血管に入り心臓にて増殖、更にけい椎、膝に飛び火して膿瘍を生じたのです。その内、けい椎の膿瘍が筋肉に力を伝える神経を圧迫して四肢マヒの症状を呈しました。

その夜緊急手術でけい椎と膝の膿瘍を除去、けい椎の前方固定術を受けました。2日後には細菌が集中して付着している心臓の弁の交換です。ドラマ「下町ロケット」では人工弁でしたが私の場合は生体弁です。心臓の機能障害により1級の特別障害者に該当となりました。1ヵ月後更にけい椎補強のため金属を使用した前方後方固定術を受けました。

首を2度手術しているものですから頭は固定され、又心臓その他体内の細菌を殺すため抗生剤の点滴投与が6週間続きます。結局神戸の病院では集中治療室からは出ることが出来ませんでした。更に以前から肥満気味でいびきも大きかったのですが、無呼吸症候群が見付かり、睡眠時(夜間)には呼吸機を顔に装着する必要が生じました。

けい椎の膿瘍を除去しましたが、手足に力が全く入らない又しびれも残る四肢マヒという症状は変わりません。病院では「治りますか」という問に対して「解りません、これ以上悪化しないようにベストを尽すだけです」という回答。治るか治らないかは正に神のみぞ知るという状況です。「えー最悪、寝た切りで一生を送るのか、これでは生きた屍ではないか」と焦燥感に駆られる日が続きました。

神戸の病院は救急病院ですので3ヵ月目に入ると退院を求められます。寝た切りの状態では自宅に帰るわけにもいかず、H25年12月下旬川西の病院に受け入れてもらいました。

最初の面談で今後どのようになりたいか聞かれました。

1. ベッドから自分で起き上がれるように

2. 自分でベッドから車椅子に移れるように

3. 自分でトイレに行けるように

4. 立てるように

5. ゆくゆくは歩けるように

以上希望を述べましたが、現状から見てハードルが高すぎたのか?マークが付けられてしまいました。後に知りましたが、家族に対しては今の状態からは大きく変わらないだろうと告げられていました。その時の病名は「四肢麻痺、廃用症候群」と記されておりました。

廃人の廃とはいやな病名を付けられたものだと思い、退院後辞書で調べてみました。「病気や怪我などの原因で長い間体を動かさないために筋肉が萎縮し、臓器の機能が低下する状態を云う」とありました。筋肉に力を伝える神経の働きがストップしているところに、廃用症候群では治らないという診断は無理もないことです。

神戸の病院の時は絶望的でしたが、川西の病院ではリハビリが出来ると思うと希望が出てきました。リハビリをすれば時間が解決してくれるものと何となく楽観的に考えていました。初めての経験ですが介護認定の申請をしたところ、チェック項目の内判断と会話以外は全て全く駄目、最悪の要介護5の認定です。

発病から最初の6ヵ月間は理学療法士(PT)と作業療法士(OT)によるリハビリを週5日それぞれ20分ずつ受けられます。最初の入院直後N支部の先生よりお便りを頂き、「どんな病気でも入院したらとにかくリハビリが大切ですよ」とアドバイスを受けました。

私の場合神戸の病院ではリハビリどころではありません。と言いますのは、H25年10月末肺機能が低下し意識不明の重体に陥ったらしく、医師が付き切りで処置をしていたと家内から聞きました。次女一家が最初の手術の時に引き続き再度病院に来ていましたので、見舞の礼を言った記憶がありますが、どうも病院から家族に招集がかかったようです。本格的にリハビリを意識したのはH26年1月以降でした。

最初の頃のリハビリは、手足に力が入らない寝た切りの私には何も出来ませんので、PT・OT任せです。PTには膝の曲げ伸ばしと足首の運動を、OTには腕と指の曲げ伸ばしを各々20分間して頂きました。筋肉が硬直しているのでこれが痛い。筋肉の付け根をもみほぐしてもらいながらこれを続けるのです。

この様な地道なリハビリを続ける内、効果が徐々に現れてきたようです。外からの刺激に対して体が反応し少しずつですが手足に力が入るようになり、PT・OTからも両足両腕の筋力、両手の握力の向上を認めてもらいました。私としても受身ではなく、寝た状態で人任せではない自分で出来るリハビリはないかと模索しました。

ベッドの手摺が掴めるようになったので、上腕の筋力又握力を高める運動が可能です。更に進んで片手で手摺をひきつけていると肩も浮き、今迄出来なかった寝返りが出来るようになりました。又膝が自力で曲げられるようになり、両手で手摺を持ち両膝を踏んばれば、腰を浮かすことも出来ました。腹筋の鍛錬にもなります。

こうすることで看護師達による介護の軽減を少しでも図ることが出来、彼女達に喜ばれました。即ち寝返りが出来るようになったため床ずれ防止の体位変換が不要となり、又腰を浮かすことで2人がかりのおむつ交換が1人で済むようになった等々です。

H26年3月中旬、発病以来6カ月経過したのでPT・OTのリハビリは回数時間共極端に減り、1ヵ月に20分が13回となりました。以前の3分の1です。私の場合、リハビリの成果が上っているので、PT・OTとしても以前のように時間をかけて続けたいが、国の方針で6ヵ月で線引きされてしまうとのことです。

私は早い段階から効果的なリハビリをする上で、発病後最初の3ヵ月をロスしています。月20分13回のPT・OTのリハビリだけでは不十分で、リハビリの進み具合もこの辺りで止まってしまうと思われました。減少分を保険ではなく自費でという手も考えられますが、医療費の見当がつかず、結局家族会議で減少分は家族で埋めようと決まりました。

早速別途家族によるリハビリメニューを作ってもらい、これは退院迄続くことになります。私は5人家族ですが長女、次女は専業主婦、三女は公務員です。ローテーションを組んで家族の内誰かが毎日病院に来て、昼食をはさんで1日2回、ベッドの上でのリハビリを手助けしてくれました。

PT・OTはリハビリの際痛みを訴えると中断してくれますが、家族は容赦してくれません。特に娘が担当の時はパワフルで早く良くなってほしいという気持が伝わってきます。「きっと治るよね」と励まされ、「お父さんも頑張るよ」と時には涙を流しながらリハビリを受けました。

今度ばかりは本当に平素気付かない家族のありがたみ、絆というものを肌で十分に感じさせてもらいました。最初の頃のリハビリはどうしても痛みを伴います。消極的になりやすく、監視のもと強制的にすることにより好結果が出るようです。

家族の手助けが得られるようになったので、PT・OTには次のステップのリハビリです。PTでは起立台に体を固定し75度迄立て体重を足で支えます。又OTではベッドに腰かけ座位を維持、更に手摺がはずれる車椅子を用意してもらい、ボードを使用してベッドから車椅子へ移乗する練習です。

H26年5月には食堂デビューしました。以前はベッドに寝た状態でベッドごと食堂に連れて行かれ全介助の食事でしたが、車椅子に座っての食事です。その時以来車椅子に座っている時間が飛躍的に長くなりました。腹筋、背筋の筋力の向上が期待出来ます。食事も全介助からスタートし、次はフォークを手に固定して、更には自分でフォークを持って、又歯みがきも全介助から自立へと前進です。

この頃病院から退院を求められるようになります。私は自分でトイレが出来ることが家へ帰る条件と決めていましたので、次の受け入れ先の介護施設をいろいろ当たってもらいました。しかし夜間の呼吸機装着がネックになって中々引き受け手がみつかりません。

病院入院の場合は高額療養費で出費が10万円迄に収まりますが、介護施設ではパンフレットを取り寄せて検討してみますと、最低月20万円位必要です。仮に一生施設暮らしだとどれ位必要か試算してみました。単純に計算して年間240万円、10年2400万円家族の生活費も必要ですので10年間で少なくともその倍5000万円は必要でしょう。20年となると1億円、愕然としました。

私は会社勤めの経験がありませんので国民年金だけです。元々税理士は定年がないので、ある日突然病気で廃業は頭の中に無く、又厚生年金のような年金も考えていませんでした。預金を取り崩して生活する必要があります。これは絶対に自宅へ帰ろう、そのためにはリハビリを頑張って自分でトイレが出来るようになろうと決意しました。

病院へは自宅へ帰る旨伝えて自宅の改装の準備です。H26年8月末業者、OTを交えて自宅でプランを練りました。1Fの和室をフローリングの洋室に変更、車椅子ごと入れるスペースをもったトイレの増設、玄関、廊下、トイレ、浴室に手摺、いわゆるバリアフリーです。後日19万円が補助されました。トイレを設置しますので水廻りの工事が増え、業者の都合もありますので完成は12月の予定となりました。まだこの先数ヵ月この病院に留まることが出来、リハビリに集中となります。

その間もPT・OTと家族の手助けを得て、リハビリは順調に進んでおります。自分でベッドからボードを使用して車椅子に移れるようになり、看護師の軽介助でトイレが出来るようになりました。更にトイレの中では看護師、OTに内緒で手摺をもって立ち上ることを練習し、遂に一人でトイレが出来るようになったのです。トイレで看護師の手を煩わすことも無くなり、自宅に帰る条件をクリアしました。

従来入浴に際しては浴室用ベッドに体を移してもらい、ベッドごと入浴していました。自分で立てるようになったので、浴室用の車椅子に移っての入浴へと進歩です。更に自宅で入浴することを考えて、浴室内に椅子を置けば手摺を持って一人で入浴が可能であることも確認しました。

順調なリハビリのお陰で全身の筋力が向上し、歩行器での歩行練習から手摺の利用、杖を使用しての歩行へといよいよ最終ゴールが見えてきました。以前あった筋肉のつけ根の痛み又手足のしびれもいつの間にか感じなくなり、更に入院の間禁酒、正しい食生活が続けられた結果、体重は88s⇒65sとすっかりスリムになりました。効果はてき面、睡眠時無呼吸症候群の検診を受けたところ、重症から軽症へと劇的に改善です。夜間の呼吸機がはずれ自宅での負担の一つが解消されました。

これらの外にもH26年の秋頃から目に見えていろいろな事が出来るようになり、リハビリの効果が上っているのを実感致しました。即ち日常生活自立度は全介助→中等度介助→軽介助→見守り→条件付自立→自立とあり、チェック項目は15項目ありますが、その大半が条件付自立or自立に到達です。

重病患者のフロアーに入院していましたので、看護師さん達は私が自立に近づけば近づく程「Sさんを見ていると私達も嬉しくなるわ」と我が事のように喜んでくれました。全介助が長かったので介助のしがいのある模範的な患者、優等生を演ずることが出来ました。

かくして当初の目標としていた病院でのメニューは大部分クリアすることが出来、要介護度は2に改善、1年4ヵ月の入院生活から解放され、元気を取り戻して自宅に帰ることが出来ました。眠っていた神経を目覚めさせたリハビリの大切さを十二分に肌で感じております。若くて美人の看護師さん達に恵まれ会話を楽しみましたが、彼女達に「こけて怪我をしないでね。病院に戻ってきてはダメヨーダメダメ」と云われて送り出されました。

結局最初の病院で、緊急手術を必要とした耳慣れない病気(感染性心内膜症、けい椎硬膜外膿瘍)を短時間で見付けてもらい、最新の医療技術で万全の治療をして頂きました。次の病院ではリハビリ設備の揃った環境で、同じ理学療法士、作業療法士にリハビリの成果を確かめてもらいながら、一歩一歩着実にステップアップ、予定したリハビリメニューを全て消化したのが非常に好結果を生んだと思います。

帰宅後はトイレは勿論、入浴も自分で出来ています。身の廻りのことは出来る限り家族の手を煩わないよう心掛けています。昨年末の介護認定の見直しでは要支援2迄回復致しました。現在も体を動かさないと筋肉が固まりそうで、自分でメニューを作りリハビリを続けています。ベッドに寝た状態での体操を約40分、ベッドに座っての体操を約40分、雨の日を除いて1日5000歩のウォーキングです。

回復したとしても足腰の筋力は以前と比較するとはるかに落ちていますし、膝もがくがくします。怪我をしないように杖2本を使用して歩いています。家内が自分の趣味で家を空ける時は、近所の食事処とか喫茶店に外出するのが、ささやかですが私の楽しみの一つとなりました。

病気になる前は1日1万歩のウォーキングを仕事の合間に取り入れ10年以上続けておりました。成人病で病院へ行くようなことはなくずっと健康でしたが、今回は口腔ケアの大切さがよくわかりました。病院では食後の歯みがきを徹底的に行いましたが、入院中の弱った体で口の中の細菌が肺に入ると、肺炎になり大事に至ることが多いので要注意です。

寝た切りの状態の頃を思えば、起きて生活出来る今は毎日が楽しくバラ色です。幸せ感に浸っております。もう思い残すことはない、人生を達観したというか、少し悟ったような心境です。健康に気をつけて一日一日を大切に、生きていることに感謝しながらの生活です。

病気になり仕事を辞めざるを得ず毎日が日曜日になりましたが、退屈せずに仕事以外に楽しみを求め、新たな挑戦をしたいと思っています。

以上長々と書き綴りましたがお許し下さい。どうぞ皆さん健康第一、健康に留意して悔いのない人生を送りましょう。

 




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